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温かみのある経営

長い人生の中で、<いい加減> <ほどほど> を生活信条とする私にも真面目に物事に取り組んだ時代があった。自分だけの生活圏であれば、何をやってもその尻拭いを自分でするので問題はない。しかし会社経営となると、いい加減なことをしていたりほどほどのやり方では多くの人達に迷惑を掛けることになるから、それこそ真剣に取り組んだのである。少々堅苦しい話になるが、時にはそんな話題も人生にアクセントがあって面白い。

今世界は100年に一度と言われる金融危機で揺れている。多くの企業が生き残りをかけた戦略の見直しを迫られ変化を余儀なくされているが、そんな中でもブレることなく安定成長をし続けるキラリと光る企業も少なくない。我田引水と言われるかも知れないが、私の携わった会社もその一つであることを確信している。現地法人設立後10年が経ち、ある時日本の著名な経済誌から寄稿の依頼を受けた。テーマは選択の余地なく、< 私の無国籍企業体験論 > という仰々しいものであった。あれからかなりの時が経っているが、経営の根幹というものは余り変わっていないような気がするのである。以下、私の体験論の抜粋をしたいと思う。

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人種のサラダボウルと言われるこの国では、人種の集合体という概念は無視出来ない。裏を返せば多くが < 無国籍企業 > とならざるを得ない。私の10年に及ぶ企業経営の体験で見出したのは、このあまりにも異なり多様性ある各々の個を強く結びつける絆は、やはり労使双方が共感しそして共有出来る企業理念の確立であろう。生き甲斐、働き甲斐のある企業作りが第一と思う。同時に顧客に、社員に、株主に、地域に親しまれる < 社格の形成 > が成功への鍵となる。しかし言うは易し、行なうは難しである。

ではこの理念を如何に具現化していくか?無国籍企業を前提に考えれば独自の企業文化を形成していく方向となる。社員の求めるものは何かを見出し、人間性重視の経営を心掛ければ、彼らの生産性は飛躍的に高まって行くのである。この米国で私達が独自の文化形成の為に実践した例を挙げよう。

目指してきたものは、徹底的に明るく、必要に応じて厳しさもある会社。喜怒哀楽を素直に分ち合える会社。常により高い新たな目標を与え、チャレンジマインドをくすぐり達成感を味わえる会社。等々で欲は深いのだが基本的には全て人間性重視の考えが根底に流れている。そしてオープンドアポリシーで何でも誰でも発言出来る雰囲気、個人の能力と責任感を信頼し、可能な限りの権限と責任の委譲、ヒラエルキー的な既成概念を排除し、性別年齢に関係なく同じ人間としての平等なルール、フェアに徹した信賞必罰など、どうしたら人を最大限活かすことが出来るかを常に考えて来た。

社長としての私は専用駐車場も、秘書も、特別な交際費も持たなかった。そして社長と一般社員で一つだけ違いがあるとすればそれは給料であると明言した。(でもその額は例の問題企業のトップのそれとは月とスッポンくらいに小さかったことも社員は知っていた。)又、威張ることで社員をひれ伏させる必要も全然なくここぞという大事な案件は、いつも最後は私が決めたが議論を戦わせた後なのでみんなその決定に素直に従いついて来てくれた。

権力や地位で押し付けても社員は決して100%の力を出してくれないことをよく知っていたから社長室にいることは殆どなかった。まして社員を社長室に呼びつけるのは稀であって私は <社長室から出て行こう> をモットーにし現場主義に徹したのである。そして常に上から下への問いかけをすることにより色々な悩みや問題を社員と一緒になって解決を試みてきた。こう言った日々の積み重ねが、低い学歴しか持っていない人間でもどんな能力を持った人間でも、常に最大限の力を発揮してくれるような企業文化になりつつあった。

アメリカ北東部はその冬何十年振りかの雪嵐にみまわれた。しかしその日でさえ全社員が出社し、中には5時間もかかって滑る雪道と闘って出社して来た社員もいた。日本のように電車網の発達していない車社会のアメリカでは稀有な話である。私自身、多くの試行錯誤を繰り返したがこの一例を見るだけでも概ね温かみのある経営が正しい方向に向かっていることへの確信が持てた。私には難しい経営の手法など解りもしなかったが、如何なる経営にも普遍性は必ずあり、安心と喜びを与えることの出来る企業は、どんな人間にも共鳴されるのではないかと思った次第である。

日本の諸君! 二十一世紀がもうすぐやって来る。(ちなみに拙稿を書いたのは1993年。)その新世紀のある日、諸君達の隣に肌の色も文化も、思考形態も異なる人種の違う人達がやってきて、一緒に仕事をするような場面を想定されたことはあるだろうか?!好むと好まざるに関らず、企業のグローバル化が進むと言うのは、そういう時代が確実にやって来ると言うことなのである。旧来の終身雇用、年功序列的な高度成長時代のにはベストと考えられていた日本的な雇用形態がドラスティックに崩れつつある今、諸君ならどうしようと思われるのか?私はその時が必ずやって来るだろうから、今その問いかけをしたい。

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現役を退き、隠遁生活を始めてからはや4年が過ぎた。今の私は、何ものにも束縛を受けないこの精神的自由を心行くまで楽しんでいる。今思えば常に真剣勝負を要求された会社経営などよくぞやってきたなと思う。もう俗界や外界のことなど考えたくも無い。第四コーナーに差し掛かりつつある人生、一気に減速しゴールまではゆっくりと楽しみながら走っていきたい。

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