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彼女が愛した動物達

アメリカのケーブルテレビはチャンネルが無尽蔵にある。だが殆どの人は自分の気に入ったジャンルの番組しか見ないから結局は無駄な金を民放に払っている訳だがそれも仕方あるまい。ニュースなど通常番組は一般局で見れるから、ケーブルは本当に細分化され極端なこと24時間放映している。私はスポーツ番組と西部劇。女房は勿論西部劇と動物愛護番組。明けても暮れてもこの繰り返しであるが、よくも飽きないものだと感心する。そう言う私もシーズンになると例えばフットボールなど週末は真昼間から夜中までテレビに噛り付いているから、あまり女房のことは言えたものではない。

そして彼女のお気に入りの場所は動物園である。いつも行こう行こうとせがまれる。まるで小さな子供のように駄々をこねるから、私もついには折れて時々彼女を連れて行く羽目となる。動物達を見ている彼女は本当に嬉しそうで楽しそうで幸せそうである。いつまでも帰ろうとしないから根っからの動物好きなんだろう。「そんな好きなら何故動物園の飼育係りにならなかったんだ?!」 と私は冗談にでもそう言ってやる。

結婚して暫くしてから解ったことがある。二人が一緒になる時に将来の夢と言うか約束し合ったことがあった。それはいつの日か牧場を入手しそこで牛馬や犬や勿論野生の多くの動物達に囲まれた生活をしよう、と言うことであった。当時私はカウボーイをやっていたから牧場のオーナーになることに何ら異存はなく二つ返事で承諾したのであるが、思えば彼女はそんな魂胆があって最初から私にアプローチをしてきたのかも知れない。いやいやそれは私の全く穿った見方。彼女の名誉の為に私達の愛はそんなレベルの低いものでは決して無かったことは、強調しておきたい。

だからこの牧場に住み始めてからの彼女は今までの人生の中で最も輝いていたし幸せであったことは間違いない。「私達が長いこと待ち望んだ夢が実現したんだわ。ああ、ここは天国。あなた、ありがとう。」 いつもそんなことを嬉しそうに言っていた彼女の表情は今も脳裏に焼きついている。朝な夕な大自然の中で沢山の動物達に囲まれた生活が出来たので、ここは彼女にとってはこの世の桃源郷だったのだろう。

犬は私達の生活とは切っても切り離せぬものである。二人とも異常な程の犬好きであった。結婚してから35年、犬は常に私達と共にあり家族の一員であった。今のジャーマンシェパード(警察犬)は数えて5代目、今迄色々な種類の犬を飼ったが彼が最も利口で気は優しくて力持ち、頼りになる番犬かつ愛嬌たっぷりのペットでもある。生後8週間でブリーダーから大枚をはたいて購入、父は全米チャンピオンの血統証付きの名犬である。訓練は最初から女房がやった。厳しさと優しさ、硬軟織り交ぜてのトレーニングで物覚えの速い彼は一気に家族の人気者となった。牛を追ったり牧場の番をしたり、気はとても優しいのだが見るからに怖そうな風貌は不審者を追っ払うにはうってつけである。そしてうまれてこの方、彼が家の中で粗相をしたのは3回だけである。赤ん坊のオムツが取れる期間よりも遥かに短かったのも優等生の証明であった。

女房は最後まで愛犬トラのことを気使った。彼女が入院した2ヶ月間と言うもの私は可哀そうだったけど彼をズッと犬ホテルに預けた。女房は毎週私にそのホテルへ行き10分くらい彼と遊んでくるように懇願したので、私はそのようにした。何故なら、トラは敏感だから捨てられたのではないかと思うから時々会いに行け、と言うことだった。いつも帰り際にデジカメで彼の写真を撮り女房に見せるととても安心した。

退院して牧場に帰ってきてから彼女はしきりにトラに会いたがっていたが多くの親戚や友人達が出入りしていたので私は引き続きトラをホテルにキープしてもらっていたが、4日目の早朝から彼女の容態が臨終間近いことを知らされたので急遽トラを連れて帰った。その時には彼女はもう話すことも出来ず眼を開けることも出来なかったが、トラが最後に彼女の顔を一生懸命舐めたのには微妙な反応を見せたのだので、それがトラとの今生の別れだと言うことはきっと認識したに違いないと信じている。利口なトラはその時以来、何が起こったのかを察知したみたいで心なしかとても寂しそうな仕草を見せることがあった。そしてかってとは異なる行動を彼は取るようになった。

女房がいる時は日中外へ放し飼いにしても夕方になると必ず家の中に帰ってきた。外で女房と遊んだり、彼女が庭仕事をしている時など嬉々として彼女の周囲で飛び回っていたのである。しかしそれ以後、一旦外へ出すともう一日も二日も家の中に入ることをせず玄関で寝起きした。彼のマスターであった彼女の帰りや号令をずっと待ち続けているようだった。それでも流石にまる二日過ぎ腹がへってくるとやっと家の中に入ってくるのだが、もう外に出したら以前のように二度と夕方には家の中に入ってくることをしなくなった。彼は明らかに女房の他界を認知し、外に出て空を見上げていれば彼女が話しかけてくれると信じているのかも知れない。

モウさん達の間でも同じ様な不思議なことが起こった。私は一般的なカウボーイのように彼らには干草や最低限必要な塩やミネラルくらいしかやらないが、女房は違った。彼女は蜂蜜でまぶした栄養価の高いキューブと言う餌を買ってきてはかれらに与えたから、モウさん達は彼女をとてもよく知っていた。結構高い買い物だったから私は彼女をたしなめたが、彼女は意に介さず特に私が留守の時を狙ってそれを買いに走り彼らに与えていたことが後でわかった。でもその時は、私はもう彼女を咎めることはしなかった。彼女は本当に心の底から動物達を愛したのであった。

彼女が逝ってから数日後、ある朝例の如くモウさんの頭数を数えたら3頭足りなかった。早速調べてみたら、雄牛と牝牛そして子牛の3頭が鉄条網の柵を破って逃げて行ってしまったのである。こんなことは初めてであった。それはあたかも私達家族の如く、両親と一人息子の組み合わせでもあった。私は、これはきっと彼女が連れて行ったに違いない、もう帰ってこなくても仕方が無いなと半ば諦めたのである。人の死にまつわる出来事は時に人知を超えたものがあり、我々では到底理解できない性質のものがある。だから彼女が逝くとともに一緒に連れて行ったと思えば、私は惜しくもなんともなかったし、それでもいいと思った。

しかし不思議なことは起こるものである。私は彼女の髪と爪をを入れた小箱を抱えていた。彼女がこよなく愛した私の故郷の土に埋めてやることを生前彼女と約束していたのでそれを実行しようと思っていた。加えて33年振りの日本での年末年始である。クリスマスが実は彼女の誕生日だから意図的に彼女を連れ日本を訪ねることにしたのだが、驚くなかれその前日にその3頭が急に牧場に帰ってきたのである。あれから2週間、どこをうろついていたのだろうか?恐らく彼女がもういいから帰っておいで、と彼らに号令をかけたのかも知れない。

彼女が他界してからと言うもの、私は物事を全ていい方にいい方に考えるようにしている。逆の方向は惨めになるだけだ。私は女房を嫌という程よく知っている。だからトラの行動の変化やモウさん達の「恋の逃避行」の一件も全て彼女が企てたものと信じて疑わない。そう思うことで私は常に彼女の存在を感じることが出来るのである。

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