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大草原の真ん中で

島国日本では山が見えない景色と言うのは北海道の一部くらいのもので後は右を向いても左を向いても山に突き当たる。そういう所で生まれ育った者にとって360度見渡す限りの地平腺というのは想像もつかないだろう。障害物がないから朝陽が昇り夕陽が沈むまで一日が長いように感じる。そしてそこは公害など無縁の地ゆえに朝な夕なハッと息を飲み込むような美しさがある。

かってワイオミング州のリバートンという所に真冬半年程住んだことがあるが、まさに大草原のど真ん中という表現がピッタリの田舎町であった。何もない、遮る物がないということは見晴らしはいいが、冬の寒風はたまったものではない。いっぱしのカウボーイになる為の一環としてかの地の単科大学に蹄鉄師のコースがあったのでそこへ通った。あんな所、冬なんかに行くもんじゃない。寒い時は零下20度にもなる。吹雪の恐ろしさは経験した者でなければ分らない。それでも出かける者が、車の中に閉じ込められて凍死ということになる。毎冬全米でかなりの凍死者が出るが、この中には勿論ホームレスの数も入っている。そう考えると日本のような小さな国、格差の余りない国も捨てたものではない。

一口に馬の蹄鉄を打つと言っても奥が深い。プロの蹄鉄師ともなればそれはもう芸術の域に達している。特に競走馬などは蹄鉄の微妙な打ち方の違いで走るスピードさえ違ってくるからとても神経を使うらしい。そして蹄鉄の素材もチタンとまではいかないにしても軽くて強いものを使用し、極端な馬はレースごとに蹄鉄を打ち替えると聞いた。私はそんな気難しい仕事をしようなどとは毛頭思わなかったので結構気楽な授業ではあったが、馬のあの重さには閉口した。3本足で立たせ、一本ずつの足の蹄鉄を打っていくのだが馬の体重は一トン近くあるから、足だけでも重い。奴さんの後ろ足で蹴られすっ飛んだことがある。前足で足を踏まれ痛くて涙が出そうになったこともある。そうした時に何をしたかというと。。。。。まず馬の頬を平手打ち、それから金槌で前足の付け根をぶっ叩き最後はカウボーイブーツで横っ腹を蹴り上げる。勿論ありとあらゆる罵り言葉を吐きながらである。これで気分も清々するしそれ以後奴さんは大人しくなり私に敬意さえ抱くようになる。(でもこんな話は乗馬愛好家の方達にしてはいけない。目を剥いて動物虐待と非難し始めるからである。)

動物の訓練で一番大事なのは誰がボスかを手っ取り早く分からせること、彼らに舐められたら調教どころではないからである。特に馬は利口な動物であるからに乗った瞬間この人間さんは初心者か、中級者かあるいは熟練のカウボーイかすぐ分る。初心者だとなかなか言うことを聞かない、中級者でも手抜きをする、しかし乗り手もプロ級になると馬を跨いだ瞬間に、“オイ奴さん、オイラがボスだからよーく覚えておけよ!”と強いシグナルを送るからお馬さん最初からシャキッとするのである。まあ私もシーズン中は毎日八時間くらい乗ったから、馬の鞍で居眠りも出来るようになった。プロ級ではある。

半年間は敬虔なモルモン教徒のバアサンの所に下宿をした。80歳を越す腰の曲がったバアサンだったが凄かった。住み始めて分ったのだがモルモン教というのは戒律が厳しく、酒、タバコ、コーヒー等のおよそ普通の人間の嗜好物は一切厳禁である。そういう私はその三つのどれを欠いても一日が始まらないし終らない。朝はなんとか我慢して、家を出た途端タバコを吹かしながらコーヒーショップへ走りこむ。一日中平和な気分だが、夜が問題である。帰宅するとバアサンが上から下まで私の臭いを嗅ぐ。酒とタバコのチェックである。だから帰宅前にはしっかり歯を磨いて牛乳を飲んでミントを口にする。これでまず大丈夫。部屋へ入ったら中から鍵をかけ、ビールを飲みだす。外は毎日零下だから冷蔵庫なしでビールは冷えているし、ウイスキーもツララの氷を使えば問題なし。タバコは寒いけど窓を開けてのホタル族。あのくそババア!!!と心の中で叫びながらほろ酔い気分で一日が無事終るのである。

そしてこのバアサンおせっかい焼きでもあるから、週末は大変だった。ガールフレンドを紹介してやるからと毎日曜日教会に連れて行かれた。全く訳のわからないお祈りやら歌を歌わされウンザリしたが、女の子はホント美しく可愛い娘が多かった。勿論私としては期間限定のリバートン住まいであったので短期決戦しかなく急ぎデートもしたが。なにせモルモン教徒、酒、タバコ、コーヒー一切駄目な訳だからどうしてデート中の間を持たせるの?ともう問いたいくらい。

それでも大和男児、何とか頑張った。数人とはいい線まで行って、こりゃ至福の時も近いかなと思いきやいつも肝心な場面になってくると神様がお出ましになるのである。これ以上進むことは神様が許してくれないだとか、教えに背いたらいざと言う時に神様が助けてくれないだとか、のたまう。それでも構わずと強引に迫ろうとすると、ゴッドヘルプミーと言って胸に手をあて十字架を切るから、何とかの欲も一気に冷え込むのである。全く蛇の生殺しとはこのことで、以後敬虔なクリスチャンは労多くして益なしの部類ということで一切近ずこうとしなかった。

ともあれ大草原のど真ん中でも別な顔をしたアメリカがあった。日本にいたら味わえもしなかった体験をした。あのバアサンももうとっくに天国へ行っていることだろう。あの娘達もいいオバサンになっているだろう。ワイオミングは神々の住む所との想い出がある。だから地平線から昇るあの朝陽の神々しさ、荘厳さは今もって忘れることが出来ないのである。

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