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人生の戦友

女房が乳癌になってつくずく夫婦と言うのは人生の戦友だなあと思った。その思いを引き続き話したい。夫婦は「一心同体」という言葉があるが、どうも日本とアメリカ、その捉え方は違うようだ。こちらの夫婦は趣味や好みも同じ、何処へ出かけるのも何をするのも一緒。常に手と手を取り合って日々を送るというものだ。大統領夫妻がお手々つないで飛行機のタラップを降りてくる姿はどうもわざとらしさを感じない訳でもないが、微笑ましい光景ではある。

以心伝心が基本の日本の夫婦と比べてみると言葉は同じ「一心同体」でも愛情表現は大いに異なる。例えばアメリカでは (1)何のためらいもなく人前で手を握る、キスをする、抱擁をする。(2)ダブルベッドに寝る(極端な話、棺おけに入るまでだ。)(3)何処に行くにも夫婦単位が社会的条件 (4)子供をベビーシッターに預け、平気で大人だけの時間を過ごす。(5)妻の発言権が大きい。(夫の昇進、給与まで。)(6)四六時中、愛を確かめ合う。(肉体的な意味でなく口頭で。)(7)記念日、相手の誕生日には必ず贈り物やイベントを行う。

これらの行為がなくなったりあるいは怠ると、それは相手、並びに家族、世間に夫婦としての危機が近いと公言、発表しているに等しい。それは原因がどちらにあろうとも離婚間近の意思表示でもある。よって、よしんば配偶者に愛情がなくなろうが、不倫をしようが、結婚生活を壊す意思さえなければなんとしても表向きの(1)(2)(3)だけは取り敢えず死守するのである。

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私も最初のうちは二つの異なる文化の狭間で苦悩したが、順応性が強いのでああこんなことかと思いそのうち迎合した。例えば四六時中「アイラブユー」を言わなければならないのには閉口した。「分り切ったことを何故毎日何回も言わねばならないんだ」と力んだが、言わないと「もう私を愛してないのね」と来るからたちが悪い。

そのうち面倒臭くなって女房が 「アイラブユー」と言うと 「ミーツー (俺もだ。)」と短く返すことにした。暫くしたら彼女、どうもそれが気に入らない。いい加減で心がこもってない、と文句である。もう、どうすりゃいいんだ?!こうなりゃ喧しい口を封じる為には接吻しかあるまい。それで静かになるんだから女というものは。。。。。

個人主義が発達しているのがアメリカである。神の次に個人が存在すると考えているような国民だから、全体主義や社会主義、共産主義などは<個>を侵すものとして嫌悪する。先ずは自分があって、家族、コミュニティ、国家となって小さな世界から中くらいそして大きな世界へという観念が叩き込まれている。

<個>を強く持っているが故に国家やコミュニティはおろか家族に制約をうけることで、自らの意志では選択出来ないことには耐えられないという側面がある。例えば会社の為にとかお家の為にとかいう発想はあまりないから、自らの意志で身動き出来ないような状態になると、会社でも家族をも捨て去るのである。我慢するということがあまりないから、離婚件数が多いのもむべなるかなであろう。

こう話すとアメリカの夫婦は大変だなあと思われるだろうが、じゃ日本の夫婦は問題なくやっているかと言うと、そんな簡単でもないらしい。ハネムーンが住めば政治でも夫婦生活でも、現実の世界に引き込まれバトルの日々が始まるのである。夫婦で仲良く暮らす、というイメージは欧米では「夫婦はいつも一緒」ということに慣れているから簡単に描けるが、日本の場合は例えうまくいっている夫婦でもストレスフルに感じるようだ。若い人達はいざ知らず、団塊世代までの日本の夫婦は 「つかず離れず」くらいの関係が合っているような気がする。

私達同年代の夫婦はみんな似たり寄ったり、夫は外で仕事、妻は家庭を守り子育てに専念と役割の違いはあってもみんな闇雲に働いてきた。敗戦から今日までの驚異の復興劇は今までの人類史上例を見ない快挙で、私達はその一翼を担ってきたという自負がある。と同時に忙しさにかこつけて失って来たものも多くあるということを認識しなければならないだろう。

アラ還を迎えた私達、30年前後に及ぶ結婚生活の疲れはそう簡単に癒せるものではないだろう。これからは料理もしよう、家事も手伝おうと言う夫の意気込みは理解出来ても夫が家庭的自立を果たすまでには時間がかかる。その間は妻の忍耐を伴う協力も必要だろう。夫が定年退職したこれからの夫婦は英語で言う 24 / 7 (24時間、週7日間ズッと一緒ということ。)の生活を余儀なくされるから余計である。

だから夫の役割とか妻の役割という概念を卒業し互いに支えあう関係を築いていく為にはこれまでの力関係を一旦チャラにする時間が必要かも知れない。私も妻はアメリカ人とは言え、典型的な企業戦士であったから、家庭をも顧みないことが多々あった。今思えば、女房もよくついて来てくれたなと思う。それだけに彼女に報いる意味でも如何にしたらこれからの長いセカンドライフを息切れもせずに夫婦仲良くやっていけるかを考え続けている昨今である。

家庭を確立し子供も巣立って行った後の長い大人同士の関係構築は、高齢化社会に進みつつある私達にとっては新しいテーマであり挑戦とも言えるだろう。人生60年の時代には、そんな関係も必要とされなかったのかも知れない。だから、長生きをすればする程夫婦の有りようと夫婦関係を根本的に変えることになるだろう。