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ディズニーへ行きたい

ディズニーランドは子供にとっても大人にとっても巨大な遊園地、地上で最もハッピーになれる場所と言うのが歌い文句である。そして女房と私にとっては因縁浅からぬ楽園でもあった。

私達はかって新婚間もない頃半年程、ロスアンゼルスに住んだことがある。その時私はたまたまツワーガイドの仕事があったのでそれに従事したのだが、それは一日おきに日本から来る団体の観光客をディズニーランドへ案内するのが主たる役目であった。かれこれ100回くらいは行っただろうか、何処に何があって何が見どころかなど全てマスター、もうミッキーマウスの顔も見るのも嫌になった。だから20回~30回を越すとお客さん達を最初のアトラクションへ連れて行った後はほうほうの体でバスに逃げ帰り日ながそこで寝ていたのである。

女房は私とコロラドで運命的な出会いをする前3年程フロリダにあるディズニーワールドに勤めていた。5カ国語に堪能であったから、世界中からくるお客さんのゲストサービス係りとして働いた。だから彼女は私以上にディズニーを知り尽くしていたし、思い出多き場所であった。

2010年1月に彼女の癌は再発した。完治したと信じていたのでショックだったろう。でもそれ以後彼女は何かを悟ったような気がした。次の旅立ちへの選択でも述べるが、それからと言うもの彼女は急にあちらこちらへ行きたいと言いだした。

フランスのパリの近くに彼女の妹は友達とパートナーとなって別荘を所有していたので、早速春にそこへ行くことになり私はすべてを手配した。彼女はとても楽しみにしていたが不運にも、アイスランドの火山が爆発し火山灰が全ヨーロッパを覆う状況となり、フライトも前日になってキャンセルされたので我々も諦めざるを得なかった。落胆する彼女を元気ずけようと私は 「今すぐいけるところで近くに行きたい所はないの?」 と聞いたら彼女は即座にフロリダのディズニーと言った。またその街には彼女の唯一の妹の家族、そしてもっとも親しい友達も住んでいるからでもあった。

30年振りかのディズニーは彼女にとっては感無量なものがあったろう。彼女はまるで子供のように純心に振舞った。彼女が働いていた場所にも連れて行ってくれ、色々な説明を受けたがとても誇らしく楽しそうだった。色々なアトラクションも案内してくれたが、彼女は一つ一つを感慨深げに眺め、それは将にこの世での見納めをしているかのようだった。実は息子も大学在学中にここで数ヶ月アルバイトで働いたことがあった。だから私達家族はディズニーとは特別な関係があるのだが、何故か今迄3人揃って訪ねたことはなかった。女房はそんなこともあって、最後にこの地を私とともに訪れたかったのだろう。

彼女もその家族も父親の仕事の関係でかってこの地に数年住んだことがある。中学高校時代を過ごしたので、彼女が通った学校やお気に入りのレストラン等あちらこちらへ案内してくれた。また私達はそこから1時間くらいの海辺にリゾートマンションを所有していた時期があったので、そこも訪れ二人で心行くまで砂浜を歩いた。二人で手を繋ぎ、大西洋上から昇りつつある荘厳な朝日を無言で眺めながら楽しんだ。共に何を考えているか痛い程分かった。それはこの世でお互い遭遇出来た事の感謝以外の何モノでもなかった。打ち寄せる波の音が心地よく響き、悠久の自然の素晴らしさを心行くまで満喫した。例の如く笑顔を絶やさず私に微笑んでみせた彼女だがいつもと違ってとても無口で静かだった。その頃から彼女はもう死出の旅路への準備を少しずつ始めたのかも知れない、後になるとそのように思えて仕方がなかった。

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