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スッチーとの火遊び

かっての会社人生の中での話。役職柄、好むと好まざるにかかわらず一日中社員やお客様と何らかの形で接触がある。そして家へ帰れば家族との時間があるから全くもって独りになれることは殆どない。会社の大小に関係なく普通社長の出張というと大体御付武官が同行し食事から会合まで全ての段取りをする。私はこういうのは好まず殆どが単独出張だった。だから飛行機の旅が大好きだ。

機内や空港には多くの人がいるがみんな赤の他人、自分で話し出さない限り大抵、孤立無縁の世界へ入って行ける。電話やファックスそしてメールとも無縁の世界である。ニューヨークから成田まで、12時間チョッとの太平洋路線は長いけど “独り”になれるからとても嬉しかった。もう何十回となく乗っているからビジネスクラスの空間は我が家の居間みたいにリラックス出来る。しかも家庭と違って下にもおかないもてなし、上げ膳据え膳である。家で、「おーいお茶!」なんて言おうものならアメリカでは薬缶が飛んでくる。

でも今回のフライトは少しばかりいつもと趣きが違っていた。彼女が同乗しているのである。私の日本出張のフライトと彼女のそれが一致した訳だが、それは表向きの話、勿論情報交換の上で一日早く私が飛ぶようにしたのである。毎日毎日身を粉にして働いている自負があったから、「お前も生身の人間よ、たまに週末の一日何処かへ消えてもバチは当たらんぜよ」と私の中の悪太郎がしきりに誘ったのである。(ちなみに私の中には勿論、善太郎もいる。)彼女はいわゆる名の知れた日本の航空会社のスッチーであった。今回はエコの担当だったが私が乗るということで同僚に頼みビジネス担当にしてもらったと言っていた。

数えてみたらもう既に10数回会っている。マンハッタンが最も多かったが後は東京や成田の時もあれば幕張や千葉の時もあった。お互い会って飲み、食い、喋るのが楽しかった。彼女は20台の後半、私とは大分歳の差はあったがそんなことは意に関せず、付き合ってくれた。才色兼備、既に人生の機微もわきまえている大人でもあった。私には一人息子がいるが、無い物ねだりで娘を持っている男親がとても羨ましかった。

彼女と対座するといつも複雑な気持ちになった。自分の娘であったらなあという気持ちと若い恋人として彼女を捉える気持ちがしばしば交錯したのである。勿論彼女とのことは女房も知るよしはない。でもその頃から私の中の善太郎がちょくちょくイエローカードを出すようになった。「お前なあ、妻子もあるのにそんなことしてていいんか?!」一瞬ギクッとしたけど悪太郎が囁く。「お前なあ、こんな機会はそうそうないぞ、男なら徹底的にやらんかい!」

幼少の頃よく大人達に隠れて餓鬼共と火遊びをした。でも消火した後が残るからそれで見つかってこっぴどく叱られた。だが面白いからまたやる。「火事にならなきゃいいだろうが」と向きになって大人に突っかかって行く。経験豊かな大人達は言う。「火が小さなうちはみんなそう言う。しかし何かの拍子に火は一気に広がり、気がついた時にはもう手遅れなんだよ。だから火遊びは止めろと言っているんだ、このタワケが!」何か今の自分もチョッとした火遊びをしているんかなあとも思い始めたが、分からない様にやって消火した後に砂でも撒いておけば誰も知るまい、と極楽トンボ的に考えた。

初めての出逢いはやはり飛行機の中だった。私は空港で買ったカウボーイの雑誌を読んでいた。お決まりのコースで飲み物の注文にきたのが彼女だった。笑顔が上品で綺麗な娘であった。「お客様、カウボーイに興味がおありなんですか?」 「はい、かなり入れ込んでいます。実際昔はカウボーイでした。」 「 私も多くのお客様のお世話をしてまいりましたが、お客様のような方は初めてです。」

食事が済んで暫くすると消灯され適度のアルコールが眠りを誘う。殆どの乗客が仮眠状態に入った。数時間眠ってストレッチ運動のためにスナックエリアへ行ったら、彼女が雑誌の整理をしていた。暇つぶしをしているようなものだからお互いの視線が会うと自然に会話が始まった。誰も二人に気をとめる訳でもない。お互い色々なことを話、終わりの方ではまるで旧知の如く会話が弾んだことは言うまでもない。特に私のカウボーイ物語は彼女の興味を惹き付けるには十分過ぎる程であった。

お互い過密スケジュールが当たり前の日常だったし、物理的に離れていることもあり中々会えなかったが、その分会えば密度の濃い時間を過ごした。でもそれは会話の中身のことであり、私は久方ぶりに知的レベルの高いやりとりに満足したのである。そして男と女がいずれ行き着く先のことまで思いを巡らすのはまだ時期尚早かなとも思った。大都会の喧騒を逃れてのセントラルパーク、最もアメリカらしい所の自由の女神島、皇居が見えるパレスホテルのレストラン、若者達が多かった六本木のカフェバー、千葉にある隠れ家的な老舗の料亭、等々が再会の場だった。そんな関係が足掛け二年位続いたのである。

私は、家の外に出ると常時7人の敵と戦わねばならない男とっては時には第三の居場所が必要であると思っている。それは戦場で戦い続ける兵士が暫しの休息をし、再び意気高揚として戦場に戻る為の充電の場所でもある。普通の男は誰でも、どちらが第一かどうかは別にして、職場と家庭という二つの居場所を持つ。

しかし、生真面目で応用の利かない男達はこの二つの居場所を行き来しているだけで、また両方の狭間で生きているが為に色々な問題にぶつかる度に、苦悩し、苦闘し、苦労し、苦心する。逃げ場がないからドンドン追い詰められていく。精神的肉体的に内部に溜まったガスは適当に排出することで健康は保たれることはみんな分っているのに中々出来ない。私はこの第三の居場所を彼女に求め、それが誰も知らない男の隠れ家であることに心の安らぎを覚えた。

知り合ってかなり経ってから彼女がお願いがあるとアプローチしてきた。今まで乗馬と射撃をしたことがないので一度経験したい、そしてあなたの住んでいる所も訪ねたいし、ご家族にもお会いしたい、と大胆な発言であった。勿論その時は友達を連れて行くし、奥様にはたまたま日本からのフライトで知り合った娘達が観光旅行では決して味わえない生のアメリカを体験したいから是非とせがまれて。。。。あなたにぶざまな真似は絶対にさせないからお願い、ということでその企ては実現された。お互い和気あいあい、とても楽しいひと時を過ごすことが出来たとともに、別れ際に彼女の腕をつねってやったら、女房に分らないようにウインクを返してきた。

話は同じフライトに乗り合わせ成田へ向かう機内に戻る。朝食が済みかけた頃、彼女から小さな紙切れを渡された。*明日夕方6時、銀座の某天ぷら屋でお会いしましょう* とあった。私に異存はなく彼女に親指をたてOKの旨のサインを送ったら、嬉しそうにうなずいた。

有名な天ぷら屋だからとても美味しかった。アルコールもいつもよりよく進んだ。そしたら例の悪太郎がやってきたのである。「お前なあ、いつまでずるずるやってんだ、もう今夜勝負しろ!」 善太郎が囁く。「お前なあ、折角大事な第三の居場所を見つけたんだから、大切にしろ。今のままでいい、今のままにしておけ!」 と。しかしその夜は酒の勢いも手伝って悪太郎が勝った。それから著名なホテルの最上階のバーへ行って宝石をちりばめたように美しい大都会の夜景を見ながら、今度はマティ二ィを飲んだ。そして思い切って彼女に言った。「今夜は君が欲しい。。。」

彼女は真直ぐ私を見つめている。暫くの沈黙が続いた。そしておもむろに口を開いた。「あなたがどうしてもと言うならば。。。。でも私は失望をすることでしょう。あんなに素敵な奥様や息子さんがおられるのに?!お手本のような幸せな家庭なのに、どうして?仕事で家庭で素晴らしいリーダーや夫や父親を演じてこられたあなたを尊敬してきたのに。。。。」

今まで彼女に対しては私の方が人生経験豊富ということで時にお説教をしたり諭したりしたこともあった。しかし今夜はいつの間にか立場が逆転し、彼女に説教されたのである。善太郎がまた囁いた。「お前なあ、彼女の方が役者が上だったと言うことさ。いつかこういう場面に遭遇することを見越して彼女はお前の奥さんや息子さんに会ったんだよ。」

「今晩はチョッと酔っ払ってしまってすまなかった。きみのお陰で私にもまだ理性のかけらが残っていることがわかり嬉しかったよ。ありがとう。」 いつもの通りの抱擁で彼女の形のよい隆起を自分の胸に押し付け暫しの感触を楽しんだ。でもその夜の別れ際の接吻は甘くほろ苦かったが、これでいいんだと一生懸命自分に言い聞かせた。

くちずけや抱擁くらいの火遊びであれば、女房も大人達もあのやりかん坊の極楽トンボのタワケがと、大目に見てくれることだろう。いや、我が女房殿そんなに甘くはない、彼女はしたたかである。私のこんな火遊びもうすうす感ずいていたようだが、「内の宿六、本気の浮気など出来る玉じゃない。」そういって私を泳がせていたんだろう。かってアリゾナの牧場で彼女が軍隊の訓練での留守中に、一緒に働いていたフランス娘が私に熱をあげたことがある。女房殿帰ってきたら早速その娘を呼び出し、吊るし上げたようである。だからある一線を越えると私は彼女の怖さを知っている。 とは言え私にとっては何時までも忘れ難き想い出ではある。

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